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天におられる私たちの父よ、
御名が尊まれますように。
御国が来ますように。
御旨が天に行われるとおり、
地にも行われますように。
今日の糧を今日与えてください。
私たちの罪をお許しください。
同じように私たちも
私たちに罪を行うものをゆるします。
私たちを誘惑に陥らないように導き
私たちを悪からお救いください。
「マタイ福音書6-9〜13」
キリストは具体的な祈りの言葉は教えてはきませんでした。
祈りと言うのは心の中でひっそりと行うものであって、形式は必要ないと考えておられたし、実際にそう言っています。
しかしそれでは祈りに慣れていない人々はどのような言葉で、どのような内容を祈ればいいのかわからず戸惑いました。
キリストは弟子たちの願いに応じて、はじめて形式的な祈りの言葉を教えました。
それがこの「主の祈り」です。
この短い祈りには、何の邪念もない、人間が生きるうえでもっとも大切な心の持ちようが集約されている気がし、私は人生の道に迷いそうになったり、人を憎みそうになったり、自分の都合ばかり気にしてしまったりし始めたときに、この祈りを唱え、少し心を落ち着かせるようにしています。
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神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。
(創世記1-31)
この「造る」という言葉は、神様の御業として使われる言葉です。
何も無いところから「存在させる」という意味の言葉。
僕たち人間も日々いろんなものをつくっていますがこれは「造る」ではなく
「作る」という行い。
すでに世の中に存在する「在りもの」を組み合わせていく作業です。
神様のおこないである「造る」は、それ自体が完結しています。
造られたものはすべて「良いもの」。完成形となります。
だから僕たち人間も誰もが実は「完成された存在」もしくは
「存在自体が完成形」と言えます。
しかし、そのことを僕たちはあまりに理解していない。
常に「何かであろうとする」強迫観念に追われ、一般常識という
小さな固定概念にとらわれて、その中で安心を得るために、
ルールに当てはまらない少数の人を否定したりします。
しかし常識というのは時代の都合によっていとも簡単に形を変えるものです。
いまの政治を見ていても、政府という大きな組織でさえいろんな都合に
振り回されて「日本」という国自体が自らNGを出しているようにさえ思います。
まるで学校教育というレールにそぐわなかった子供が生き方を見失っているように
日本は国際社会という環境でどうしたらいいのかわからくなっているようです。
S.M.Sでは「ゴスペル」を歌っていますが、僕は指導の中で
「こうでなければいけない」といった集団のルールみたいなものを
出来る限り無しでやりたいと思っています。
文章にすれば簡単ですが、これは実はめちゃくちゃチャレンジです。
すべての「自己中心性」を横に置き、すべての出来事を神様の手に委ねること。
「存在」という祝福のみを肯定し、そのほかのことにはこだわらない。
これがどういう方向に行くのかはわかりません。神のみぞ知るでしょうか?
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むちゃくちゃ久しぶりの更新です。
実は管理パスワードを失くしてしまい、管理画面に入れませんでした。(笑)
というわけで・・・
あなたがたは律法の下ではなく、恵みの下にいるのです。
(ローマ信徒への手紙 6章14節)
あなたがたは律法の下にいないとこの句には書かれています。
律法とは神が人間に提示した「人の生きる道」「いのちの道」です。
では「律法の下にいる」というのはどういうことか?
それは律法によって生かされ、守らなければ責めを負うことです。
それでは「恵みの下にいる」とはどういうことか?
それは神によって神の子として受け入れられ、愛され、生かされること。
たとえ神の定めた掟を守らなくても、それでも受け入れられ、
罪の宣告を受けないということです。
私達が神の子として受け入れられるのは、私達の行いによるものではなく
イエス・キリストを信じる信仰によるものです。
信仰は人間による「行ない」ではありません。
魂が救われ、癒されることへの喜びによるものです。
ですので私達は神の示した律法を守ることを第一とするのではなく、
「希望を持って神を信じる」ということを大切にすればいいと思います。
ほとんどの教えを守ることが出来なかったとしても、神様はそのことで
あなたの罪は問いません。それよりもたった一つの小さなことでも
心から感謝の気持ちを持って行うことを喜んでくださいます。
S.M.S の授業ではこのことを一番大切にしています。
歌詞のすべての意味を理解し、それを表現するよう振舞うよりも、
いまあなたにゴスペルが与えられ、歌う事で気持ちが救われてるのなら
その喜びこそを強烈に声に乗せてください。
それこそがあなたにとって賛美であり、リアルなゴスペルですから。
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「私たちの国籍は天にあります」(ピリピ人への手紙3章20節)
迫害によりローマの獄中に入れられていた使徒パウロが
彼を援助していたピリピの教会に宛てて送った手紙から。
その中で「自分の欲望」と「地上のこと」にしか関心を
示さない生き方ではなく、自分は天に国籍があることを
常日頃から意識する生きるようにと勧める。
私の毎日の祈りは非常に具体的です。
「神様、私と周りの人に健康をおあたえください。」
「私をもっとたくさんの人とつなげてください。」
「私にもっと仕事を与えてください。」・・・etc
そして最後にこう締めくくります。
「神様、私が望んだすべてのことをおあたえください。
私はそれをすべてあなたにお返しします。
どうか私に天の働きをさせてくださいますよう、
思う存分、私をお使いください。」
私は地上では自営業ということになっていますが、
クリスチャンになったときから、天に就職したとしています。
その考え方一つで毎日、迷うことなくゴスペルができます。
歌うことも話すことも、すべて神様からの仕事です。
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「自分の敵を愛し、迫害するものの為にも祈りなさい。
・・・天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を登らせ、
正しい人にも正しく無い人にも雨を降らせて下さるからです。」
(マタイの福音書5章44.45章)
8月2日、スピリチュアル・ファイティング6に出演する。
今年で6回目のこのイベントは、「武器を捨て祈りを」というメイン・テーマで
8月頭の、終戦記念日の前の土曜日に毎年行われているイベント。
毎回、サブ・テーマが一つ決まり、出演者全員がそのテーマに
ついて意見を交換したり資料を提出したりしながら会議を重ね
約半年の準備期間を要する大切なものです。
今年はアメリカの黒人解放運動の指導者M.L.キング牧師の
没後40周年ということで、彼の功績を称えるとともに、
彼が生前に我々に残した大切なメッセージを風化させずに
伝えていくというサブ・テーマに決りました。
彼は白人の過激は集団に家に爆弾を投げ込まれた時こう語った。
「仕返しに暴力を使ったところで、問題は少しも解決しません。
イエスがかつておっしゃった言葉は、いまも私達の耳に鳴り響いているはずです。」
{汝の敵を愛せ、汝を呪うものを祝福せよ、汝を虐げるもののために祈れ}
「これこそが私達の生きる道です。
憎しみには愛を持って報いなければいけません。」
この言葉は、恥ずかしながら読んだときでさえ同意できないほど
私は怒りや妬みなどの感情に心を支配される事が多い。
それほどこれまでの自分にとって、遠い憧れでさえあります。
逆に言えば、怒りが深ければ深いほど、悲しみが大きければ
大きいほど、その怒りや悲しみ、憎しみを直接的な行動に
結びつけた時の結末が容易に想像できるものなのでしょうか?
つねに忘れないように口に出しておくべき聖句の一つです。
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Profile

管理人:BEE 芦原
EVERLASTING JOY リーダー EDGE OF ETERNITY プロデューサー S.M.S GOSPEL CHOIR 主宰 OFFICE NOISE 代表
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